「2018邦画大忘年会」
「止められるか、俺たちを」2018年 若松プロダクション
吉積めぐみ、21歳。1969年春、新宿のフーテン仲間のオバケに誘われて、"若松プロダクション"の扉をたたいた。当時、若者を熱狂させる映画を作りだしていた"若松プロダクション"。 そこはピンク映画の旗手・若松孝二を中心とした新進気鋭の若者たちの巣窟であった。
小難しい理屈を並べ立てる映画監督の足立正生、冗談ばかり言いつつも全てをこなす助監督の ガイラ、飄々とした助監督で脚本家の沖島勲、カメラマン志望の高間賢治、インテリ評論家気取りの助監督・荒井晴彦など、映画に魅せられた何者かの卵たちが次々と集まってきた。
撮影がある時もない時も事務所に集い、タバコを吸い、酒を飲み、ネタを探し、レコードを万引きし、街で女優をスカウトする。
撮影がはじまれば、助監督はなんでもやる。現場で走り、 怒鳴られ、時には役者もやる。 「映画を観るのと撮るのは、180度違う…」めぐみは、若松孝二という存在、なによりも映画作りに魅了されていく。 しかし万引きの天才で、めぐみに助監督の全てを教えてくれたオバケも「エネルギーの貯金を使い果たした」と、若松プロを去っていった。めぐみ自身も何を表現したいのか、何者に なりたいのか、何も見つけられない自分への焦りと、全てから取り残されてしまうような言いようのない不安に駆られていく。
1971年5月カンヌ国際映画祭に招待された若松と足立は、そのままレバノンへ渡ると日本赤軍の重信房子らに合流し、撮影を敢行。帰国後、映画『PFLP世界戦争宣言』の上映運動の為、 若松プロには政治活動に熱心な若者たちが多く出入りするようになる。いままでの雰囲気とは違う、入り込めない空気を感じるめぐみ。 ひとり映画館で若松孝二の映画を観ているめぐみ。気付かない内に頬を伝う涙に戸惑う。 「やがては、監督……若松孝二にヤイバを突き付けないと…」
当時の若松プロの再現映画で実在した女性助監督の目線。
あの時代に無理に近づけようとしなかったのか時代感覚に妙なアンバランスさが出て面白い。
映画製作に関わる青春群像劇として魅力はあるが時代のキーワードを差し込んでくるサービス精神や実名が普遍性の足を引っ張り逆効果に感じてしまった。
10年前、渋谷の「若松孝ニ 大レトロスペクティブ」で若松プロの作品はそこそこ観た。興味深いけれどももういいかなという感じだったが、また激しく観たくなる事請け合い。
本作の公開に合わせて特集も開催されていたようだが行けず仕舞だった。
女性の進出は現代と大きな差があるはずたがそこを掘り下げてはいない。熱くて楽しそうだ。それで良い。あまり悪口言うと荒井晴彦になるからね。
何を撮ればよいのか解らないまま助監のキャリアを積んでいっぱしになって行く様、門脇麦がとても良い。
実際の若松孝二を知らないんだけど井浦深の演技はあれでいいのか?だとしたらちょっと嬉しいかも。
存命モデルの人々の寛容に感謝。
吉積めぐみ - 門脇麦
若松孝二(1936-2012) - 井浦新
足立正生(1939-) - 山本浩司
沖島勲(1940-2015) - 岡部尚
大和屋竺(1937-1993) - 大西信満
秋山道男(1948-2018) - タモト清嵐
小水一男(1946-) - 毎熊克哉
高間賢治(1949-) - 伊島空
福間健二(1949-) - 外山将平
荒井晴彦(1947-) - 藤原季節
斎藤博(1951-1994) - 上川周作
磯貝一(1936-1984) - 柴田鷹雄
吉澤健(1946-) - 高良健吾
秋山未知汚は公開時期に亡くなってたんですね。
若松孝二と足立正生
テアトル新宿
「止められるか、俺たちを」2018年 若松プロダクション
吉積めぐみ、21歳。1969年春、新宿のフーテン仲間のオバケに誘われて、"若松プロダクション"の扉をたたいた。当時、若者を熱狂させる映画を作りだしていた"若松プロダクション"。 そこはピンク映画の旗手・若松孝二を中心とした新進気鋭の若者たちの巣窟であった。
小難しい理屈を並べ立てる映画監督の足立正生、冗談ばかり言いつつも全てをこなす助監督の ガイラ、飄々とした助監督で脚本家の沖島勲、カメラマン志望の高間賢治、インテリ評論家気取りの助監督・荒井晴彦など、映画に魅せられた何者かの卵たちが次々と集まってきた。
撮影がある時もない時も事務所に集い、タバコを吸い、酒を飲み、ネタを探し、レコードを万引きし、街で女優をスカウトする。
撮影がはじまれば、助監督はなんでもやる。現場で走り、 怒鳴られ、時には役者もやる。 「映画を観るのと撮るのは、180度違う…」めぐみは、若松孝二という存在、なによりも映画作りに魅了されていく。 しかし万引きの天才で、めぐみに助監督の全てを教えてくれたオバケも「エネルギーの貯金を使い果たした」と、若松プロを去っていった。めぐみ自身も何を表現したいのか、何者に なりたいのか、何も見つけられない自分への焦りと、全てから取り残されてしまうような言いようのない不安に駆られていく。
1971年5月カンヌ国際映画祭に招待された若松と足立は、そのままレバノンへ渡ると日本赤軍の重信房子らに合流し、撮影を敢行。帰国後、映画『PFLP世界戦争宣言』の上映運動の為、 若松プロには政治活動に熱心な若者たちが多く出入りするようになる。いままでの雰囲気とは違う、入り込めない空気を感じるめぐみ。 ひとり映画館で若松孝二の映画を観ているめぐみ。気付かない内に頬を伝う涙に戸惑う。 「やがては、監督……若松孝二にヤイバを突き付けないと…」
当時の若松プロの再現映画で実在した女性助監督の目線。
あの時代に無理に近づけようとしなかったのか時代感覚に妙なアンバランスさが出て面白い。
映画製作に関わる青春群像劇として魅力はあるが時代のキーワードを差し込んでくるサービス精神や実名が普遍性の足を引っ張り逆効果に感じてしまった。
10年前、渋谷の「若松孝ニ 大レトロスペクティブ」で若松プロの作品はそこそこ観た。興味深いけれどももういいかなという感じだったが、また激しく観たくなる事請け合い。
本作の公開に合わせて特集も開催されていたようだが行けず仕舞だった。
女性の進出は現代と大きな差があるはずたがそこを掘り下げてはいない。熱くて楽しそうだ。それで良い。あまり悪口言うと荒井晴彦になるからね。
何を撮ればよいのか解らないまま助監のキャリアを積んでいっぱしになって行く様、門脇麦がとても良い。
実際の若松孝二を知らないんだけど井浦深の演技はあれでいいのか?だとしたらちょっと嬉しいかも。
存命モデルの人々の寛容に感謝。
吉積めぐみ - 門脇麦
若松孝二(1936-2012) - 井浦新
足立正生(1939-) - 山本浩司
沖島勲(1940-2015) - 岡部尚
大和屋竺(1937-1993) - 大西信満
秋山道男(1948-2018) - タモト清嵐
小水一男(1946-) - 毎熊克哉
高間賢治(1949-) - 伊島空
福間健二(1949-) - 外山将平
荒井晴彦(1947-) - 藤原季節
斎藤博(1951-1994) - 上川周作
磯貝一(1936-1984) - 柴田鷹雄
吉澤健(1946-) - 高良健吾
秋山未知汚は公開時期に亡くなってたんですね。
若松孝二と足立正生
テアトル新宿