広島“黄金時代”の立役者 名将・古葉竹識さん85歳で死去 リーグ優勝4回、3度の日本一に導く
プロ野球・広島の監督としてチームを初の日本一に導き、黄金時代を築いた名将・古葉竹識さんが、今月12日、心不全のため都内の病院で亡くなっていたことがわかりました。85歳でした。
古葉さんは1975年のシーズン途中から広島の監督に就任。当時主力だった衣笠祥雄さんや山本浩二さんらを率いて、3年連続最下位に沈んでいた広島を球団創設以来初のリーグ優勝に導きました。
79年、80年には2年連続日本一を達成。84年にも日本一に輝くなど、広島を日本一に導いた唯一の監督で、最初の“黄金時代”を築きました。
99年には野球殿堂入り。その後は東京国際大学硬式野球部の監督に就任し、リーグ初優勝。学生野球も指揮しました。近年は解説者として活動していました。
■古葉竹識(こば・たけし)
1936年4月22日生まれ。熊本県熊本市出身。済々黌高校から専修大(中退)。日鉄二瀬を経て58年広島カープ(現広島東洋カープ)に入団。64年、68年盗塁王。70年に南海(現福岡ソフトバンクホークス)に移籍。翌年、現役引退。
TBS NEWS_______________________________________
1987年から3年間横浜大洋ホエールズで指揮を取り、162勝215敗 .415 5位4位6位という輝かしいというかホエールズらしい実績を残された事もお忘れなく。
東京国際大の監督もされていましたね。
ご冥福をお祈りいたします。
プロ野球・広島の監督としてチームを初の日本一に導き、黄金時代を築いた名将・古葉竹識さんが、今月12日、心不全のため都内の病院で亡くなっていたことがわかりました。85歳でした。
古葉さんは1975年のシーズン途中から広島の監督に就任。当時主力だった衣笠祥雄さんや山本浩二さんらを率いて、3年連続最下位に沈んでいた広島を球団創設以来初のリーグ優勝に導きました。
79年、80年には2年連続日本一を達成。84年にも日本一に輝くなど、広島を日本一に導いた唯一の監督で、最初の“黄金時代”を築きました。
99年には野球殿堂入り。その後は東京国際大学硬式野球部の監督に就任し、リーグ初優勝。学生野球も指揮しました。近年は解説者として活動していました。
■古葉竹識(こば・たけし)
1936年4月22日生まれ。熊本県熊本市出身。済々黌高校から専修大(中退)。日鉄二瀬を経て58年広島カープ(現広島東洋カープ)に入団。64年、68年盗塁王。70年に南海(現福岡ソフトバンクホークス)に移籍。翌年、現役引退。
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1987年から3年間横浜大洋ホエールズで指揮を取り、162勝215敗 .415 5位4位6位という輝かしいというかホエールズらしい実績を残された事もお忘れなく。
東京国際大の監督もされていましたね。
ご冥福をお祈りいたします。