「襟裳岬」作詞の岡本おさみさん死去、10月に作詞手掛けたばかり
大ヒット曲「襟裳岬」などの作詞を手掛けた作詞家、岡本おさみさん=本名・修巳=が11月30日に心不全のため死去していたことが17日、分かった。73歳だった。遺族の意向で近親者のみで密葬を行った。お別れの会は未定。
フォークソングの草創期に活躍し、吉田拓郎(69)の作曲で森進一(68)が歌った「襟裳岬」は1974年に日本レコード大賞を受賞。拓郎の「落陽」「旅の宿」、岸田智史(現・敏志、62)の「きみの朝」など多くのヒット曲を世に送り出した。
今年10月に発売されたユニット「フォー・セインツwith松坂慶子」の「たまには仲間で」の作詞も手掛けたばかりだった。
(サンケイスポーツ)
吉田拓郎とのコンビで数々の名曲を残した岡本おさみ。
「リンゴ」 「祭りのあと」 「旅の宿」 「まにあうかもしれない」 「ひらひら」 「ビートルズが教えてくれた」 「野の仏」 「君去りし後」・・・挙げればキリがありません。
吉田拓郎は唯一、日本のフォークシンガーの中で入れあげた事のある人なので懐かしく、今でも聴ける貴重な存在です。他は泉谷さんも、陽水さんも、もちろんそれ以降の方々も一切、聴きません。例外中の例外、青春のレジェンドってやつですね。
中野サンプラザのLive73、翌年の渋谷公会堂に行きました。
作詞リストを拝見すると、やはりあの頃が一番の蜜月だったように思います。
追悼の1曲としてこちら
君去りし後 作詞:岡本おさみ
拓郎節によく合いますね。
ご冥福をお祈りいたします。
大ヒット曲「襟裳岬」などの作詞を手掛けた作詞家、岡本おさみさん=本名・修巳=が11月30日に心不全のため死去していたことが17日、分かった。73歳だった。遺族の意向で近親者のみで密葬を行った。お別れの会は未定。
フォークソングの草創期に活躍し、吉田拓郎(69)の作曲で森進一(68)が歌った「襟裳岬」は1974年に日本レコード大賞を受賞。拓郎の「落陽」「旅の宿」、岸田智史(現・敏志、62)の「きみの朝」など多くのヒット曲を世に送り出した。
今年10月に発売されたユニット「フォー・セインツwith松坂慶子」の「たまには仲間で」の作詞も手掛けたばかりだった。
(サンケイスポーツ)
吉田拓郎とのコンビで数々の名曲を残した岡本おさみ。
「リンゴ」 「祭りのあと」 「旅の宿」 「まにあうかもしれない」 「ひらひら」 「ビートルズが教えてくれた」 「野の仏」 「君去りし後」・・・挙げればキリがありません。
吉田拓郎は唯一、日本のフォークシンガーの中で入れあげた事のある人なので懐かしく、今でも聴ける貴重な存在です。他は泉谷さんも、陽水さんも、もちろんそれ以降の方々も一切、聴きません。例外中の例外、青春のレジェンドってやつですね。
中野サンプラザのLive73、翌年の渋谷公会堂に行きました。
作詞リストを拝見すると、やはりあの頃が一番の蜜月だったように思います。
追悼の1曲としてこちら
君去りし後 作詞:岡本おさみ
拓郎節によく合いますね。
ご冥福をお祈りいたします。